古美術の造形や精神をふまえながら、いまを生きる人の暮らしに寄り添う。
そんなものづくりを心がけています。
お気に入りのものを使うことは、心地よい刺激とささやかな喜びをともなう、日常の一場面が特別なものに変わる体験です。
そんな、私たちの暮らしの一隅を照らしてくれる、素敵なものづくりを続ける熊本ゆかりの作家を、今号からご紹介します。
第1回は、熊本市出身の金工師・鎌田奈穂さん。古美術や古道具に深く学びつつ、現代に生きる人の暮らしになじむ金属製品を手がける作家です。
決して派手ではないけれども、品のよい輝きがあり、使い手の日常に寄り添ってくれる銀やアルミの作品。このたたずまいは、どのように生まれるのでしょうか。
初夏、ご自宅兼アトリエにうかがうと、作品そのままのおだやかさをたたえた鎌田さんが迎えてくださいました。
純銀の取っ手に
貝殻を付けたスプーン。
鑑賞しても楽しめる
ものをと製作。
銀の音を聴く。鎌田さんの風鈴で、編集部は初めてそんな体験をしました。
なだらかな弧線は、托鉢で用いられる鉢の形をイメージし、一定のリズムで繰り返し槌を打ち込むことで実現。
私は金工師として、金属を素材とした食器を中心に製作をしています。高校生の頃は油絵を描いていましたが、上京後、住まいの近くにあった古道具店に心ひかれて通ううち、自分は絵ではなく、かたちのあるものをつくりたいのではと思うようになりました。
そんなとき、茶道具などを手がける金工師・長谷川竹次郎さんの作品展を観たことが、この世界に入るきっかけです。装飾されたスプーンを見て、その繊細な手仕事に魅了されました。やがて名古屋の工房をたびたび訪れ、金属製の作品を直接見せていただくようになりました。あるとき、弟子として学んでみてはとお声がけいただき、金工の世界に入ることを決意しました。
師のもとで2年学んだのち、独立して14年がたちます。これまで純銀、真鍮、銅など、さまざまな金属を試しながら創作を続けてきました。使うほどに味が出るのが、金属のよさだと思います。
いちばん好きな素材は純銀です。やわらかくて、槌で叩くと独特なしわが寄る姿は、ほかの金属では見られないおもしろさがあります。銀製の器は、載せるものがあまり限定されないことも気に入っています。私自身は甘いものが好きなので、ケーキ、シュークリーム、大福餅と、和洋を問わずお菓子をいただくときに使います。
私が製作するとき、心がけていることは、使い勝手のよさです。古いものが好きで、古美術や古道具をよく鑑賞してきたため、創作の参考にすることは少なくありません。けれども、使ってくださる方は現代に生きていることを考えたとき、古いものが持つ美しいかたちや精神性を踏襲するだけではなく、いまの暮らしの中で使いやすいかどうかを、自分の目や他人の目を通して見つめることが大事だと思い至りました。
先年、子供が生まれたことで、素材選びも変わりました。それまでアルミで食器を製作したことはありませんでしたが、軽くて、気兼ねなく普段づかいでき、子供が口に入れても安全な素材をと思ったとき、アルミに目が向きました。そういった、私自身に起こる変化がもたらす影響も、あらがうことなく、ものづくりに取り入れていけたらと思います。
「古を好み、敏にして以て之を求めたる者なり」。鎌田さんの創作姿勢をうかがい、論語にあるこの言葉が思い出されました。ひとすじに、古いものに創作のよすがを求める鎌田さん。けれども、それにとらわれることなく、いまを生きる使い手を見据えた食器づくりを真摯に続けています。
鎌田奈穂さん