熊本には、明治・大正期に高級食材として水炊きに使われた天草大王という地鶏がいました。
昭和に入って途絶えましたが、人知れず重ねられた苦労と歳月の末、復元に成功。
その後も、大王の名にふさわしい体躯と風格の鶏に育てるための、たゆまぬ努力がいまも続いています。

日本最大級の
高級肉用種が
21世紀に復活。
熊本の地鶏、天草大王をご存じでしょうか。大王の名前が示す通り、体が大きいことが特徴で、雄の場合、背丈は90㎝、体重は7㎏近くになることもあります。これはブロイラー(一般的な食用鶏)に比べ、ほぼ倍の大きさ。脚が長く、世界的にも稀な大型の鶏といわれています。
その天草大王は、一度は絶滅した幻の地鶏でした。かつて天草で複数の鶏が交配されて誕生。明治末期には、当時贅沢品だった水炊き鍋に入れる高級食材として、主に福岡の博多に出荷されていました。しかし、昭和に入って恐慌が起こり、需要が激減。産卵数が少なかったこともあり、やがて絶滅しました。
時代が移り、この幻の地鶏を蘇らせようとする取り組みが、熊本県農業センター畜産研究所を中心に始まります。しかし、一度途絶えた種の復元への道のりは、平坦ではありませんでした。わずかな文献や油絵を手がかりに、熊本コーチンとシャモと中国のランシャン種を交配した鶏であると推定。しかし、検疫や手続きの煩雑さから、ランシャン種が存在する中国やイギリスからの雛の入手は難航し、実現に至りませんでした。
そんな中、アメリカで同種が飼育されていることをつきとめ、1992年、ランシャンの雛を日本に連れてくることがかないます。それから10年近くに及ぶ交配の繰り返しの結果、2000年、ついに天草大王の原種復元に成功。2004年から天草の有志4名が飼育を始め、翌年から出荷が開始されました。
飼育に関する過去の資料は残っていないため、苦労も多かったようです。蘇った天草大王の飼育を始めた最初の一人である、蓮池直次郎(はすいけ・なおじろう)さんは、ブロイラーと比較しながら次のように教えてくれました。
「体の大きい天草大王は育つまで日数がかかります。ブロイラーは飼育を始めて50日ほどたてば体重が3㎏近くになり、出荷は可能な一方、天草大王の場合は40gほどの雛が出荷目安の5㎏程度に成育するまで、120日は必要です。他県の有名な地鶏でも、育てる期間は80日くらいのものもあり、地鶏の中でも天草大王にかる日数は長いほうです。そのぶん餌代が高くつきます。
また、脚が長いので機械に入らず、手作業で血抜きなどの処理をしなければならないため、人件費もかかります」
なお、飼育期間は長すぎるとさらに体が大きくなり、肉が硬くなる傾向があるそうです。
日本食鳥協会によると、近年国内の加工場で処理されている食用ブロイラーの数(いわゆる銘柄鶏を含む)は、年間概ね7億羽。一方、地鶏の処理加工数はどのくらいでしょうか。農林水産省の統計にある食鳥の処理羽数を見ると、ふ化後3か月以上たった鶏の数があります。飼育期間の長い地鶏は概ねここに含まれると推測すると、近年では年間500〜600万羽。これは鶏肉全体のわずか1%にも満たない数です。
その地鶏の一つである天草大王は、卵からかえる雛の数が2019年度で約9万3千羽(熊本県農業センター畜産研究所調べ)。それに近い数が育てられ、出荷されると見ても、いかに希少な鶏であるかがわかります。

広めの空間で時間と手間をかけて育てられます。

とうもろこしや
あおさをもぐもぐ。

舩田幸平さん

蓮池直次郎さん
その天草大王の食材としての魅力は、どういったところにあるのでしょうか。海に面した天草市新和町で、お父様と二代にわたって天草大王を飼育する舩田幸平(ふな だ・こうへい)さんは、「適度に弾力がある歯応えです」と説明してくれました。
「肉量が多く、シャモのような筋肉質なので身が締まっていて、口の中で弾むような食べ心地。鶏肉でこの歯応えは初めて体験した、という方もいらっしゃると思います」
なお、高級な地鶏として徐々にファンを増やしていた天草大王ですが、飲食業界を揺るがした新型コロナウイルスの影響からは逃れることができず、2020年度は需要が大幅に減少。先述した天草大王の卵からかえった雛の数で見ても、前年比で2万羽以上少なくなっています。
危機感をおぼえた舩田さんは、販路拡大と学校給食への活用推進に取り組むとともに、食育の一環として小学校における天草大王の特別授業にも講師として参加。その魅力や価値の発信に努めています。
「コロナの状況下にあっても仕入れてくださる方々、食べてくださる方々のおかげで、飼育と出荷を継続できました。一緒にがんばっている天草大王への愛情は増すばかり。二度と絶えることのないよう、普及のため自分にできることをしていければと思います」
