天草の郷土料理、鯛そうめん。
鯛の煮汁でそうめんを食べるこの料理の名前を、初めて目にした方も多いかもしれません。
「鯛そうめんなら、河丁(かわちょう)さん」。
そう地元の方々が名前を挙げる料理店「さしみ屋 河丁」を訪ねると、店主の小林孝俊(こばやし・たかとし)さんがこの郷土料理について話してくれました。
郷土料理をもっとおいしく。
「天草では、お祝いなどで大勢が集まると、鯛の身を刺身でいただき、残った身や骨などのあらを煮付け、あら炊きとして食べていました。さらに、鯛の旨みがしみ出したおいしい出汁を残さないよう、その煮汁にそうめんをつけて食べていたのが鯛そうめんです」
そう語ってくれたのは、天草の中央部、上島と下島の境目にある「さしみ屋河丁」の店主・小林孝俊さん。同店では、あらだけではなく鯛一尾を丸ごと使い、「鯛めん」の名でこの料理を提供しています。
「材料は鯛と椎茸だけ。旨みのつまった出汁をそのまま飲んで味わえるよう、煮付けよりも薄めの味付け」にするなど、先代の川上昭和(かわかみ・てるかず)さんが35年ほど前に工夫。現在は、二代目の小林さんがその味を受け継いでいます。
小林さんは高校卒業後、地元の天草を出て料理を学んだあと、「魚料理を習いたい」と考え、20歳で帰郷。「河丁」で働き始めました。そこで川上さんの娘、月子さんと出会い、結婚。10年ほど前にお店を継ぎました。
「古くから食べられてきた郷土料理を、うちなりに手を加えて大事に残していきたい。県外から訪れる人も食べ、広まってくれたらうれしい。そんな気持ちで続けています」

「河丁」の店主、小林孝俊さん(左)。
先代・川上昭和さんの娘である、
妻の月子(つきこ)さん。
天然を選ぶ理由。
厨房を見せてもらうと、大きな鍋で鯛を炊く最中でした。「鯛は提供する前日の朝に仕入れ、焼いてからいったん寝かせて味を落ち着かせます。それから、干し椎茸と一緒に醤油・みりん・酒などで味を整え、3〜4時間煮込んで鯛の味を引き出します」
ほぐした鯛の身を、椎茸、ネギと一緒につゆにつけていただくと、焼いたことでついた香ばしい匂いを感じます。白くふっくらとした鯛の身と、出汁たっぷりのつゆがからんだそうめんを一緒にすすると、鯛の旨みが口に広がります。手間と時間をかけることで、ここまで鯛の味が引き出されるのかと驚くおいしさです。
「できるだけ天然の鯛を使っています」と小林さん。天草には、天草さくら鯛などブランド化している養殖鯛もあります。けれども、「養殖は脂がのっていておいしく、質も安定しています。しかし、出汁を味わうことを考えると、脂の多いものではやや異なる味になってしまいます」と小林さんは言います。「天然は出汁がいいんです。昔ながらの、天草の鯛そのままの味を感じられます」
小林さんが料理で出す鯛は、地元の市場に行き、生け簀(す)を直接見て選んでいるそう。「泳いでいる姿を上から見て、丸っこく、ふっくら厚みのある鯛を選びます。1〜2キロの間のよく肥えたものがいいですね」
7月下旬の早朝、小林さんが鯛を仕入れている本渡(ほんど)漁港を訪れました。お店から車で5分ほどの場所です。市場が開く朝7時前には、生け簀の中に魚が揃っていました。やがて、場を仕切るセリ子のかけ声に合わせ、次々に魚が競売にかけられていきます。
天草漁業協同組合本渡支所の森耕助(もり・こうすけ)さんによると、天草は産卵を控えた真鯛の絶好の育成の場であり、好漁場として知られていたそう。「天草は潮が速い海。流れが速い場所で育つ鯛は身が締まり、筋肉質になります。さらには、プランクトンや小魚などの餌も豊富なため、身が締まりながらも脂がのった鯛になるんです」
そんな天草の鯛の、令和3年度の漁獲量は10年前の半分程度とのことです。原因は、海水温の上昇や水質の変化、赤潮の発生など、環境によるものだと森さんは言います。
天草の海に訪れている大きな変化に対応するため、漁協では、稚魚の放流などを通して、鯛を減らさないよう取り組んでいるそうです。
天草の長い海の歴史のなかで、幾多の波を乗り越えながら、受け継がれてきた鯛そうめん。夏の天草で、あなたも味わってみてください。

1kgを超える大きな鯛は、身が厚く、刺身もおいしい。

網ではなく、竿で釣った鯛に最も高い値が付く。

丸ごとの鯛を、干し椎茸とともに煮込んでいく。

そうめんは、天草の対岸・島原産。

香りと彩りを添えるネギ。

ふっくらと真っ白に炊いた鯛の身を味わう。

出汁は臭みが出ないよう、温かめに。

セリの活気がやまないうちに、魚は店へ。


