天草・夏の名物の1つ「きびなご」をご存じでしょうか?
きびなごは、南九州の家庭でよく食べられる魚です。
旬は1年に2度。産卵期前の夏は、お腹に卵を抱える“子持ちきびなご”が味わえます。
天草の牛深(うしぶか)で長く愛される寿司店「すしよし」の波多敏秀(はた・としひで)さんと、きびなご漁を専業とする池田健一(いけだ・けんいち)さんから聞いた、その魅力と実情をご紹介します。

牛深町。
寿司職人に聞く
“きびなご”の楽しみかた。
天草市の最南端に位置する牛深町は、古くから漁業が盛んな地。県下最大の漁港があり、三方を海に囲まれています。天然の深い入り江があり、沖合漁業を中心に、天草地方の重要な漁業基地として発展してきました。
同地で開業し30年の人気店、「すしよし」店主の波多敏秀さんは、「牛深で獲れるきびなごは、他の産地のものと比べると、小ぶりで身が引き締まっています。風味もよく、淡白で上品な味わいが特徴です。夏は子持ちきびなごが水揚げされるので、プス焼き(炭火で姿焼きにしたもの)で食べるのがおすすめです」と教えてくれました。プス焼きでそのふっくらとした身を食べてみると、白身の淡白な味わいが口に広がります。

きびなごのプス焼き 1,100円(税込)。
きびなごを網で姿焼きにすると、“プスッ”と音がすることからこの呼び名がついたそう。
「きびなごは鮮度が命。すぐに身が赤くなり傷んでしまいます。けれども牛深では、その日獲れたものを仕入れられるため、刺身で食べることができます。逆に鮮度がよくないと思ったときは、刺身での提供は控えています」と語る波多さん。「牛深の魅力は、なんといっても“海”です。きびなごをはじめ、鮮度のよい旬な魚が毎日仕入れられるので、それらを楽しんでいただけるよう鮮度には妥協しません」

平成6年に開店。「お客様は自分を写す鏡」をモットーに、笑顔の接客をご夫婦で大事にされています。

魚はその日仕入れたものだけを使用。
「すしよし」では鮮度を何よりも大事にしています。

寿司で大事なのは、手の温度。
魚に体温が移らないよう握ります。

きびなごの刺身 700円(税込)。
身はプリプリで、淡白な味わい。天草の甘い醤油と相性抜群。生魚特有の臭みもなく、美味です。
同店では、その時期ごとにおいしい食べかたができるよう、きびなごの天ぷらやお吸い物、押し寿司、丼を提供。「年に2度旬を迎えるため、時期によっておすすめの食べかたが異なります。5月から6月の子持ちきびなごは、プス焼きや天ぷらにして、お腹に抱える卵まで味わっていただく。12月から2月にかけては、身が引き締まり脂がのっているため、刺身や寿司で食べていただきたいです」。牛深のきびなごを知り尽くした「すしよし」で堪能する“きびなご尽くし”は格別です。

きびなご丼 700円(税込)。
きびなごの味わいを甘い錦糸卵がやさしく包みます。

きびなご天 770円(税込)。
外はカリッ、なかはフワフワ。苦味もなく、丸ごとおいしくいただけます。
天草・牛深のきびなご漁を
支える漁師たち。

(左)池田健一さんと、(右)池田裕成(ゆうせい)さん親子による、きびなご漁の様子。夏と冬ではきびなごの大きさが異なるため、季節に合わせて網の目のサイズを変えるそうです。
午前1時半頃。牛深の須口(すぐち)港では、きびなご漁を専業とする10隻の漁船が準備に取りかかっています。牛深の漁業組合に所属する漁師は正・准組合員含め793人います。しかし、そのなかできびなご漁を専業とするのは、30人のみです。
2時。10隻の船が出航し、港から10分ほどの沖合で漁を行います。漁師の池田健一さん曰く、「きびなご漁は、漁をする場所が大切です。どの位置で漁をするかでその日の水揚げ量に大きく影響します」とのこと。
水中灯を海に投げ入れ、光をつけると、海面がキラキラと輝き、幻想的な光景に。光に誘われ、きびなごをはじめとする小魚が徐々に海面近くに現れます。「まず、水中灯でおびき寄せます。そして、魚の通り道に帯状の網を設置し、網にかかったきびなごを網から振り落としていきます。


光に集まる習性を利用し、水中灯できびなごを引き寄せ、漁を行います。
鮮度が落ちやすいので、朝のセリまで氷じめします。1回の漁に30分ほどかかり、朝5時までに3回から4回ほど漁をします」。網につく錘(おもり)は70キロもあるそうで、網にかかったきびなごや海水の抵抗を考えると、網揚げだけでも相当な重労働です。

水から1秒離れるだけで死んでしまうデリケートな魚のため、素早く獲り、氷じめします。
池田さんは、5時まで場所を変えながら網揚げを行い、5時半にはその日獲った魚を選別し、きびなごをセリに出します。6時半。牛深漁港には、約1.5トンものきびなごが水揚げされていました。

きびなご以外の魚も網にかかるため、一匹一匹手作業で選別します。

鮮度が命のきびなご、セリ開始直前に水揚げ。現在、1箱(約19kg)当たり10,000円〜20,000円の値がつけられます。
天草漁業協同組合牛深総合支所長の田端幸一(たばた・こういち)さんに聞いたところ、近年きびなごの漁獲量は減少傾向。「漁師の減少により、この10年で約25パーセント水揚げ量が落ちています。令和5年の年間の水揚げ量は、牛深だけで183トンでした。それに伴い価格は上昇。供給減と反比例して、加工品の海外輸出やお惣菜、釣り餌などでの需要は増えています」
セリに参加していた水産会社も「きびなごの浜値(セリでの価格)は、ここ2年ほど1箱1万円は下回らないですね。昔はこの半値でした」と語ります。
海外でもきびなごの魅力が知られはじめ、ますます牛深のきびなごの市価(しか)を高めています。天草が誇るきびなごを熟知した、牛深の漁師と料理人。その思いと仕事ぶりを知って食べるなら、天草の旅の忘れられない思い出になるはずです。

